イベント

第71回 定期研究発表会 神君家康神話と妖刀村正伝説

講師:徳川美術館 学芸部部長代理 原 史彦

時間
13時30分~15時(開場13時)
場所
当館講堂  
料金
入館者聴講無料

 徳川家に祟りを成すと言われる村正の刀。家康の祖父・松平清康と父・松平広忠は村正の刀で暗殺、嫡男・信康は村正の刀で介錯、家康自身も村正の小刀や鑓で二度にわたって怪我をするという、4代にわたって害を為す「妖刀」であり、徳川家に忌避された刀として一般には理解されています。
 しかし、徳川美術館には家康の遺産として尾張家初代義直に譲られた村正の刀が現存しており、かつては2振の村正が名古屋城天守で保管されていました。家康自身が村正の刀を廃棄せよ、と命じたとされているにも関わらず、家康自身が所持し、遺品として尾張家に分与することは明らかに矛盾しています。そもそも4代の不幸は、その全てが偶発的な出来事だったのでしょうか。
 少なくとも父・広忠の死と、嫡男・信康の死については、一般に語られる内容とは齟齬する記録が見られます。つまり、広忠の死は病死であり、信康は信長の命で無理矢理切腹に追い込まれたのでなく、家康自身の強い意志で切腹させられたという記録です。
 いずれも後世に書かれた記録のため、その信憑性は他の記録と同様に検証を要しますが、諸説ある中で村正に結びつける死に方が着目されることに妖刀伝説の根源があるようにも考えられます。家康の神格化を目指したいわゆる神君神話の創出の過程で、例えば家康の初陣を15歳時の日近城攻めではなく、17歳時の寺部城攻めとされたことの検証も含めて、妖刀村正伝説が生まれた一つの仮説を提示したいと思います。

※「刀 銘 村正」は平成29年6月7日(水)から7月2日(日)まで第1展示室にて公開。