菊の白露蒔絵文台

菊の白露蒔絵文台 きくのしらつゆまきえぶんたい

京都の蒔絵師で、初代道長は室町幕府八代将軍足利義政の近習(きんじゅ)でしたが、主命により蒔絵を学びましだ。その後は豊臣家・徳川家・諸大名の蒔絵調度、さらに天皇家の即位道具なども担い、幕末まで続く蒔絵の名家となりました。特に幕府御用蒔絵師となった10代長重(1599~1651)は、幕府・大名家の潤沢な資金を背景にした寛永の黄金期に、国宝「初音の調度」(徳川美術館蔵)などの傑作を次々と製作しました。本品は寛永10年(1633)に加賀前田家三代に嫁した3代将軍家光の養女清泰院大姫(せいたいいんおおひめ・1627~56)の婚礼調度の一つで、金銀を豊富に使い、高蒔絵で図様を表すなど多彩な技巧が駆使されています。

【幸阿弥長重(幸阿弥家10代)作 寛永10年(1633) 徳川美術館蔵】