要馬之図<br /><small>八巻のうち</small>

要馬之図
八巻のうち
ようばのず

日本人と朝鮮人による兵法の乗馬に関する様子、特に馬上での刀・槍・火縄銃など武具の扱い、あるいは馬上での組打ちなどが描かれている。巻七の巻末には「右此一巻朝鮮流要馬教 第一集顕極意也」とあり、朝鮮流馬術の伝書としてまとめられたとわかる。まとめたのは、同じく奥書から尾張藩士の寺田四郎左衛門らと判明する。寺田四郎左衛門は、宝永元年(1704)に「御庭御足軽頭支配(おにわおんあしがるがしらしはい)」、同3年には「御庭御馬方(おにわおんうまかた)」に仰せ付けられている。

【江戸時代  宝永5年(1708)】